「さ、ここがゲームのステージだよ。」
扉の外には桜と桃の花が咲き乱れる森があった。中国の伝説、桃源郷を思い浮かべさせる風景だった。
「綺麗だな…」
「ところでケムゾウ君。僕実は寝坊しちゃったんで朝食まだなんだけど食べていいかな?もちろんケムゾウ君達にもデザートとかご馳走するよ。最近臨時に雇った『キザノビッチ伯爵』と言うコックさんが凄く腕がよくてご飯がとても美味しいよ。」
「ムッシュアンマドワゼル〜お待たせしました。キザノビッチ特製の朝食とデザートでございます…」
キザノビッチ伯爵がヘンリーたちの前に現れた。伯爵は恭しく彼らの前に朝食やデザートを置いた。
「今日のデザートはエルドラド・ゼリーでございます…」
エルドラド・ゼリーは金色に輝いていた。上にはクリームのようなシロップがかかっていた。
「ねぇ、エルドラドってどういう意味?」
タマが人志に聞いた。
「確か、『黄金郷』っていう意味だったな。」
「桃源郷で黄金郷のゼリーって変だね」
「お前、変なことにこだわるな。早く食おうぜ」
「そうだね、いただきまーす…」
「じゃあ、みんな。ボクは別室で朝食を取るから、そこでゆっくり作戦を立てるなり自由にしてくれたまえ」
「え?曾ジイさん行っちゃうの?」
「それじゃ議員のみんなもボクに付いて来ておくれ。彼らの邪魔になるといけないから」
別室へ移って行くヘンリーの後に議員達も続いたが、その時議員の1人がケムゾウ達にこんな言葉を投げ掛けた。
「身の程知らずの子供達。お前達が如何に悪あがきしたところで、魔力を持つヘンリー様達に勝てる道理は無いぞ」
しばらくするとキザノビッチが戻って来て、チョコレートパフェ、チーズケーキ、苺のタルト、アップルパイなどを次々と一同に振舞った。
「これらは皆、私の自信作ばかりです。どうぞ遠慮は…よせよ☆」
皆は思った。この人、誰かに似ている…。
テーブル上のアップルパイをパク付きながらケムゾウは険しい表情で呟いた。
「まったく、天界の議員様達には幻滅させられたよ。神様の配下として、この異世界の地上を治めて下さっていると言うから、どんな貴い方々かと思ってたら…」
「極力話し合いで解決しようと思ったが、あれじゃ、まともな話が通じねえぜ」
童馬もチョコパフェをスプーンでかき回しながら険悪な顔をして言った。鈴もチーズケーキをフォークで突付きながら難しい顔をしていたが、童馬の言葉の後に話を繋いで言った。
「連中、あなた達から見ると嫌な感じでしょうけど悪い人では無いわ。ただ、ちょっと自分達の事を絶対だと思い過ぎているのよ。この異世界の中で最も大きな力を持っているだけに……」
「ねえねえ。キミ達、さっき空ちゃんがオレ達の世界で権力職に就かされてるとか言ってたけど、それって一体どういう事?」
ケムゾウ達の話しの中に人志が割って入ってきた。ケムゾウは、空とその仲間達がヘンリーの配下の息の掛かった現世の要人達の計らいで、世間に内緒で権力職に付かされている事を説明した。
「ウソだろ…このチビ、いや女の子が警視総監…」
殆ど得体の知れない怪物でも見るかのように空を見詰める人志の目付きにケムゾウは少々ムカ付くものを覚えたが、だからと言って人志を責める訳にはいかない。普通の目から見ればそう見えて当然なのだから……。だからこそ、空を一刻も早く自然体の少女と同じようにしてやらねば。
「ああ、やんなっちゃう。さっきの天界の議員達、自分達の治めている世界の人間を見下してるようなところがあったけど、今のを聞かされて何だかオレ達現世の人間までが奴らに見下されているような気がしてきた……」
空達の秘密を聞かされた人志が首を横に振りながら言うと、それに続けてケムゾウがポツリと言い放った。
「今にして思えば、空ちゃんが現世で権力職に就かされていたのは案外、議員達の現世に対する偏見かもしれないな…」
童馬が怒りもあらわに吐き捨てるように言った。
「いっぺん奴らを魔力が使えない状態にして思い知らせてやりたいぜ。お前らだって魔力が無ければ、オレ達同様ただの人だってな!!」
皆が話す傍ら、空は苺のタルトを見詰めて沈痛な面持ちをしていたが、最後の童馬の言葉を聞くと不意に何か思い付いたように口を開いた。
「それだ…それだよ!今、童馬がぶちかました一言!!」
「へ?」
「オレ、審判としてみんなにハンディを付けようと思う。それは…」
「えーーーーっっ!?」
果たして、空の付けたハンディとは?
朝食を終えたヘンリーが議員達と共に部屋から出て来ると、空は待ってましたとばかりに素早く口を開いた。
「曾ジイさん、議員のみんなも聞いてくれ。これからルールの説明をする。今からやる鬼ごっこは、鬼になった曾ジイさんをケムゾウが追い掛けるのを、それぞれの仲間3人ずつが相手方の妨害をするいうワイルドなものだ。とにかく、制限時間内にケムゾウが曾ジイさんの体に触れたらケムゾウの勝ち。ダメだった場合は曾ジイさんの勝ち」
「なるほど」
「それから、もう一つ。それぞれのチームは双方共に魔力も武器も一切使用する事を禁じる!!」
「ななな何ですと!?」
「だって、試合をする時はどっちも同じ条件じゃないと不公平じゃないか。勝負事というのはそういうものだよ。それとも何か?アンタら、この提案にケチ付けてこの世界に住む者は魔力に頼らなきゃ何も出来ない能無しだとケムゾウ達に思われたい訳?」
「め、滅相も無い!!」
結局、空の提案は受け入れられ、ケムゾウは用意して来た忍法道具を懐から取り出すと一纏めにして空に預けた。
「悪いね、せっかく用意してきた武器を…」
「良いよ、お陰で戦いやすくなった。ありがとう、空ちゃん」
童馬もレーザー・ブレスを外すと鈴に預けた。
「そうだ、このペンダントも…」
「良いわ、それは付けていても武器にはならないわ。私の御守りの小型版なの」
その後、双方どちらも他に武器を所持していないか議員達じきじきに検査が行われ、いよいよ試合開始となった。
「君達はどうやら僕やウェスターニャをみくびってるね。僕らは魔法なくったって大丈夫だよ。ラテンは…まあ頭脳バカだからさ。」
「待てローゼン・エヴァグリーン!それでは私や他の議員の方々が無能のように思われてしまうぞ!」
「確かにそうだけどほとんど魔法に頼ってばかりじゃん」
「ま、でもあたいらは魔法なんか無くったって大丈夫だもんね。残念でした〜」
自信たっぷりのローゼンとウェスターニャに対して、ケムゾウ達はやや不安を覚えたが、だからと言って引き下がる訳にはいかない。
「ふん!勝負はやってみなきゃ分らないさ!」
「オレ達、こう見えても結構体を鍛えてるんだぜ!」
負けずに言い放つケムゾウと童馬の横で、人志が弱った表情をしていた。
「参ったなあ…オレ、腕力沙汰には自信無いんだけど…」
「大丈夫。オレ達が人志さんの分まで頑張るから、人志さんは適当に走り回っててよ」
「何だか、体育の授業のバスケの試合の時みたいだな…おい、タマ!いつまで食ってんだ!」
「だってえ…このケーキ、残しちゃ勿体無いんだもん」
「心配するな。ワシが皆の残した分を全部食っておいてやるわい。この際、ある物は食わねば…」
「ちぇっ!呑気なジイさんだぜ」
一同は呆れ顔で、デザートを貪るはってむを見ていた。
「では、俺が『はじめ』と合図をしたらゲームのスタートだ。どちらかのチームのメンバーがすべて戦闘不能となった場合もゲームオーバーとする!」
「ようし、神様…俺たち手加減しないからな」
ケムゾウの言葉にヘンリーは微笑を浮かべた。
「もちろん、僕も本気で行かせてもらうよ」
「それでは…用意、はじめ!!」
空が手を高く掲げた瞬間、世界を超えた鬼ごっこが今始まった。