「天空の王女に捧げる二重奏」その10「エピローグ〜終焉の塔〜」

テラスでのケムゾウとヘンリー

その夜、華やかな宴が催された。美しい宴の間で美味しい料理を、ゆったりとした音楽を楽しんだ。ヘンリーが『幸せの世界』の時間を止めているのでケムゾウ達は試合の疲れを癒すために1泊できるし、何より議員達がうるさいだろうから丁度良い。
そして真夜中…

ケムゾウはどうにも落ち着いて眠れず、テラスに出て夜風を浴びていた。満月が美しく輝いていた。
「やあ、眠れないのかい?」
隣を見るとそこにはヘンリーが居た。片手にワインを持っている。宴の時にもかなり飲んでいたがまた飲んでいるとはローゼンよりも酒飲みかもしれない。
「神様も?」
「うん。それより君綺麗な漆黒の髪だねぇ。童馬君もそうだったね。新月の星の煌きだけの夜空は本当に美しい。」
酔っているせいか変なことを言うヘンリー。ケムゾウは乾いた笑いをした。

「僕はいつも何かを護れない。もう沢山だ。有り難うケムゾウ君。」
いきなり何を言うのかと目を丸くした。ヘンリーは寂しそうにそして哀しそうな目をしていた。
「何でもないよ。それより明日このもっと上にある僕の別荘に来ないか?」
「うん。」
「では早起きしないとな。お休み。」
そういうとヘンリーは部屋に戻って行った。ケムゾウもさっきのヘンリーの目を思い出しながら部屋に戻った。


宝の山?!

翌朝皆は広間に集まった。やけににやにやしながらヘンリーは皆を連れて最初の桃色の扉のあった部屋よりももっと高い部屋に案内した。そこまでの道のりには透明な階段があるのだが下を見ると・・・・・とても怖い。
「さぁどうぞ。ここは僕の別荘兼宝物庫だよ。この中にある宝物は好きなだけあげるよ。沢山選んでね。」
「あ、ありがとう神様。でも…」
「おいおい、ヘンリー。もうちょっと綺麗に片付けられないのかい?」
「これでも綺麗な方だよ。沢山あるせいか幾ら片付けてもすぐどんがらがっしゃーんさ。」
『威張って言う事じゃないだろ…』そう皆シンクロした。

「うわーーーっ!宝の山じゃー!」
呆然と突っ立ているケムゾウ達をよそにはってむが宝の山に飛び込んだ。
「はってむ爺!少しは遠慮しろよ!」
「宝を目の前にして冷静でいられるか普通?いらないんなら全部わしがもらうぞ!」
(全部は無理だと思うが…四次元ポ●ットでもない限り持って帰れねぇ)

『それにしても、すげー量のお宝だぜ。こんだけあれば一生遊んで暮らせるかも…でも、あんまり値打ちのある物頂くと、売り飛ばす店で入手先を突っ込まれかねないからな…ここはまず粗品をたらふく頂くか…この壷なんか古道具屋で結構な値で売れるかも…』
…などと、ケムゾウがおおよそ子供らしくない計算高さで宝物を品定めしていると、宝物の間から肖像画の額縁が覗いていた。肖像画は2つあって、どちらにもヘンリーによく似た美女(2人ともよく似ているが微妙に違うので別人であろう)が容姿端麗な男性と並んでいる絵が描かれていた。


肖像画の人物は一体…?

「神様、この人達は?」
「ああ、こっちの絵はボクの娘で空のお祖母ちゃんに当たるルナとその夫だよ。昨日も言ったけど、彼女が時雨の姉さ」
『一体、何十歳違いの姉妹…!?』
「それからこっちがルナの娘、つまりボクにとっては孫に当たるイリスとその夫。この2人が空の本当の両親なんだ」
「えーっ!?それじゃあ、オレ達の世界にいる人は本当のお母さんじゃ無いの!?」
「彼女は空の里親さ。実は空が生まれた年、天界では魔王の配下との間で大戦争が勃発したんだ」
「それで空達は、オレ達の住む現世に亡命してきたって訳だね?」
ヘンリーとケムゾウの会話を傍で聞いていた童馬が話題に入ってきた。
「それで神様…この人達は今どこに…?」

「…」
童馬の言葉にヘンリーはうつむき加減になった。そしてポツリとつぶやいた。
「空の両親はその戦争で亡くなったよ…空の祖母もその時に」
童馬はしまったと思った。一瞬にして周りの空気が重くなる。その時タマはしんみりとした表情で言った。
「空ちゃん、僕と一緒だね。僕もお父さんとお母さんいないの…」

「タマ…」
「どういうこと?」
「空ちゃんとは事情が違うけど、僕が生まれてすぐに住んでいた村で地震が起こって亡くなったってネミミ先生が言っていた…」
「…」
タマの言葉に人志も戸惑いながら切り出した。
「…俺も本当の両親は知らないんだ…赤ん坊の頃、孤児院に捨てられていたから…でも、俺を養子として引き取ってくれた父さんと母さんは俺をすごく大事にしてくれる…お、俺、最初、空ちゃんの話を知った時、つい変な目で見たからさ…事情知らなくて悪かったなぁって…」

ケムゾウと童馬は2人の言葉に何も言えなかった。2人は事情があって両親とは離れ離れに暮らしているけど会おうと思えば会うことはできる。でも、彼らにはそれが出来ないのだ、空も…。
「最近になって事情をいろいろ知ってとても複雑だけど…俺は恨んではいない…とても感謝している…俺をこの世に産んでくれた『親』に…」
「…僕も両親がいないからって寂しくないよ…今は大切な友達がいるから幸せだよ…空ちゃんもきっとそう思っているよ…」

ヘンリーの言う「人間の女王」とは?

「ところで神様。いくら多数決だったとはいえ、オレ達の世界で空ちゃん達に権力を持たせるなんて馬鹿な事、神様の本意じゃ無かったはずでしょ?」
「何で議員達の意見を取り入れたの?」
ケムゾウと童馬の言葉にヘンリーは静かに答えた。
「ボクの個人的な意見だけでは議員達は納得しなかっただろう。ボクとしては空達…空自らが彼らに訴えかける方が効果的だと思った。それにこれは、空がキミ達の世界で王者…人間の女王となる為にも必要な試練だとも思ったし…」
「人間の…!?」
「女王…!?」
「誤解の無いように。ボクは何も空にキミ達の上に君臨して欲しいという意味で言ったんじゃ無い。ボクの言う人間の女王というのは、他人の言いなりになるのでは無く自分自身の主義主張を持って生きられる自立した女性の事なんだ。キミ達の世界では、誰もが自分の責任で生きている。ボクから見れば、キミ達一人一人がみんな王者に見えるよ」

安心して見守っていてください…。

「ボクはルナやイリス達を護り切れなかった分、空達には自分自身の力で幸せを掴んでもらいたい。そのつもりでボクは空達をキミ達の世界に送ったんだよ」
ケムゾウ達はヘンリーの言葉を沈痛な面持ちで聞いていた。この人は見た目は明るく振舞っているが、長い人生の間に他人には想像も付かないような辛さや悲しみを背負ってきているんだ…。
「神様。空ちゃんの事は大丈夫だよ。オレから見れば空ちゃんは十分、一人で生きていける力を持っていると思うし、頼りになる仲間達もいる。この先、彼女を助けてくれる人達も増えていくと思うから、神様も安心して空ちゃんを見守ってあげてよ」
ケムゾウの言葉に、ヘンリーは納得したようににっこり微笑んだ。


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